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執筆者の写真渕上

残り少ない時の卵ケース  


「ねえ、卵を買ったらみんな、冷蔵庫のどこに置く?」

一日の仕事も終わり窓の外に夕焼けが見える頃、帰り支度をしながらカメ子が聞いた。

「昔はドアのポケットに卵を置く場所があったのよね。でも最近、卵には温度の変化や揺らすのが悪いって言うでしょ。」

「そうね・・・うちは、冷蔵庫の奥に押し込んでたかなあ・・・」

マル子が自信なさそうに答える。多分家で料理の手伝いをあまりしてないから、冷蔵庫の中が思い出せないんだろう。しかしそれは私も同じである。

「我が家では・・・一番上の段かな、卵の上に重い物を積み重ねられないように上の方。」

まったくあやふやな記憶でもって、会話についていく。

と、さらにカメ子が続けた。

「卵の十個入りケースを買って冷蔵庫に入れてると、残り少なくなった時もスペースは同じだけとるでしょう。場所ふさぎだからみんなどうしてるかなと思って。」

(ふーん、卵ケースねえ、カメ子にはそんなことが気にかかるのか・・・)

細かい事を考える奴だと笑おうとしたが、しかし待てよ。

残り少なくなった卵ケースの置き場とは、つまり寿命が残り少なくなった私の居場所のことと同じじゃないか。

若いうちはいいが、年を取った男はけむたがれるし、転職は難しいし、引っ越しが必要になっても住宅を借りるのが大変らしい。

私なんかも一応職場に通っているが、定時に家に帰ろうものなら「あなたったら、もう帰ってきたの! えらく早いわねえ!」と一瞥される。

どうも卵ケース以上に、存在価値が低下しているようだ。もしかしたら妻も私の置き場を考え直すかもしれない。

と、こんな風に僻みっぽくなった夕暮れは、一人静かに聖書を読もう。

最近、好きになって来たイザヤ書を。


「ヤコブの家よ、わたしに聞け。イスラエルの家のすべての残りの者よ。胎内にいた時から担がれ、生まれる前から運ばれた者よ。

あなたがたが年をとっても、わたしは同じようにする。あなた方が白髪になっても、わたしは背負う。わたしはそうしてきたのだ。」 イザヤ46:3,4




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